上杉の城下町に命の祈り「上杉雪灯篭」上杉謙信公と鷹山公が作った米沢の武術聖地の灯火に重ねて


今年も2月に上杉雪灯篭まつりが開催されました。米沢市の中心地である上杉神社には多くの人々が集まりました。
このお祭は戦後から始まり、戦死者を慰霊して平和を祈るお祭りです。
米沢藩の祖・上杉謙信公の御堂跡と、戊辰戦争と南北戦争で戦って亡くなった米沢藩士達の碑が祀られている〝最も神聖な高台〟を祈りの霊場として、雪夜の灯火とライトアップが幻想的な景色を作り出します。
米沢は誇り高い上杉軍の武士が住んだ町で、その血が今も私たちに流れています。
そんな人たちが戦って守ってきた土地です。
ずっと大切にしていきたいものです。

さて、今回はそんな祈りの対象になった人々の武の聖地について少し触れてみたいと思います。
米沢藩の武術については、今春に発行される「懐風」(発行:米沢御堀端史蹟保存会)に寄稿していますので、詳しく知りたい方はそちらをご覧ください。
米沢藩に講武所を設けたのは上杉鷹山公だった
上杉鷹山公といえば、潰れかけた米沢藩の財政を立て直して「なせばなる」の言葉でお馴染みの米沢藩第九代藩主です。リーダーとして世界的にも有名な武士の一人です。
文人の部分が取り正されることが多く、武人としての陰が薄いですが、記録に残っている最も古い米沢藩講武所は、鷹山公が設けたものです。講武所とは、現在の武道館や体育施設に相当し、武術・武道を鍛錬する稽古場所のことです。
鷹山公は、武士の武の重要性を知っている文武両道の主君でした。
実際に鷹山公自身も剣術師範をつけて武術の鍛錬を怠ることはありませんでした。
その米沢藩最初の講武所は、安永4 年(1775)に米沢城二之丸の長屋を修理するかたちで創設されました。
米沢城二之丸は、米沢城本丸の堀の外側にあたります。
ある程度の広さはありますが、長屋があった場所は限られるため、おそらく現在の松岬神社や上杉城史苑からその駐車場となるおまつり広場までのどこかにあったものと推察できます。

その後、全国的な飢饉による幕府の大倹令によって一時閉鎖されますが、鷹山公の意思を継いだ治広公によって門東町下に新たに創設されました。多くの藩士たちがここで武人としての心構えや武術を学んだことでしょう。
武術を鍛錬することが米沢の文化として定着していきました。
門東町は二之丸よりもその外側の三之丸にあたり、かなり広いため正確な場所の判断はつきませんが、おそらく現在の米沢市営図書館ナセBA付近にあったのではないでしょうか。
この施設は、大火が起きたて藩校興譲館が焼けた際に、聖堂・学館としても役割を果たしました。
松岬館武徳殿の落成
大正時代になると、米沢は二度の大火に襲われて焼け野原になりました。
そこで、米沢藩講武所の流れを汲む松岬館武徳殿が南置賜郡役所跡地に落成しました。

場所は現在の上杉城史苑の駐車場です。剣道を中心に、米沢藩士の意思を継ぐ武道が学ばれました。
現在80〜90歳代で武道をやられていた方は、ここで学ばれた方が多いと思います。
また、昭和の大戦へ出兵されていった方々もここで訓練された方もあったと思います。
米沢市営武道館の誕生
戦後、高度経済成長期を経て、昭和47年(1972)に2階建て鉄筋コンクリート造りの米沢市営武道館が米沢市役所の隣に完成しました。

現在でも現役の武道の稽古所として機能しており、当道場もここで稽古をしています。
その他にも武徳殿からの流れを汲む剣道をはじめ柔道・合気道などの団体や弓道の高校生たちが利用しています。
この施設は耐震性には問題がありませんが、老朽化してきており、弓道場は既に新しく建て替えられました。
米沢市では市営武道館の今後のあり方を検討しているようで、上杉鷹山公から続く米沢の武術文化と上杉謙信公の「義」をどのように扱っていくのか、私は指導者として米沢市長ならびに管理責任者の力量を見図っています。

上杉の祖神と武神に誓った上杉鷹山公
上杉神社に向かって左には春日神社があります。
そこには、上杉家の祖神・天児屋命夫妻と、日本の武神・武甕槌命と経津主命が祀られていますが、鷹山公はこんな誓詞を残しています。
鷹山公が文武両道をいかに重要視して、藩主としての自身を律していたのかが分かる言葉が綴られています。
誓詞
一、文学壁書の通り怠慢なく相努め申すべく候
一、武術右同断
一、民の父母の語、家督之砌歌にも詠み候へば、此事第一思惟仕るべき事
一、居上驕らざれば則ち危うからず、又恵て費さずこれ有り候語、日夜相忘れ敷く候
一、言行齊はず、賞罰正しからず、不順、無礼これ無き様慎しみ申すべく候
学問と武術を等しく重んじ、為政者としての自戒を怠らず、民を父母のごとく思うということが書いてあります。
さて、話を元に戻して今回の上杉雪灯篭まつり。
春日神社へ通じる小道に、可愛らしいスノーモンスターがいました。
大きな雪灯篭やオブジェなど色んな灯火を見た上で、今年一番の灯火だと思いました。
この小さなスノーモンスターに気がついた女性たちは、「あっ可愛い!」「ベリーキュート!」と写真を撮っていました。
制作者は不明でしたが、この小さな灯火が来年はもっと大きくなっていることを心から祈っています。


最後まで記事をお読みいただいてありがとうございます。仕事や講演の相談もお気軽にどうぞ。米沢藩・小山道場講師。江戸幕府から米沢藩士になった藤原氏の末裔。【古武道流派】九鬼神流棒術(熊野)/甲源一刀流剣術(甲斐)/浅山一伝流体術(会津)【所属団体役職】置賜民俗学会(会員)/米沢商工会議所(情報文化部会常任委員)【職業】HanaCinema株式会社(映像・ウェブクリエイティブディレクター)

